体外受精などの高度生殖医療における妊娠率は、
医療機関によって著しいばらつき、格差が認められますが、
なぜこのような現実があるのでしょうか?
そのために少し高度生殖医療の歴史を振り返ってみたいと思います。

 私は、高度生殖医療という革命的な変化を思うとき、
どうしてもフランス革命とフランス料理との関係を連想してしまいます。
1789年のフランス革命によってブルボン王朝が倒れ、
共和制へ移行しました。
このことによって困ったことになった人達に、料理人がいます。
今日我々がハレの日の料理としてイメージしているフランス料理は、
もともと王侯貴族達をもてなすための料理でした。
しかしフランス革命によって王制が倒れてしまうと、
料理人達は職を失うことになってしまったのです。
そこで彼らはどうしたかというと、料理を供する対象を王侯貴族から
一般の人々へと変え、町中に次々とレストランを開いていきました。
そして、こうしたフランス料理は一般の人々にも受け入れられ、
国内はもとより、海を越えて世界中へと普及し今日の姿となったのです。

 高度生殖医療は1980年代までは、
大学病院などを中心とする医療設備や入院を要する病棟の医療でした。
採卵などは、手術室において行われるというのが一般的でした。
しかし、1990年代に入ると大学病院などで経験を積んだ医師達が、
少しずつ独立し、自らのクリニックを開設していきました。

 このことが可能になったのは、1980年代後半から
経腟超音波検査が大きな広がりを見せたからです。
これによって体外受精のもっとも外科的なプロセスである採卵という行為が、
これまでの手術室などから
外来の処置室(採卵室など)で行うことができるようになりました。
そして1990年代後半からは高度生殖医療機関の数は増加の一途をたどり、
今日、日本産科婦人科学会に登録されている施設の数は600を数えます。
さらにつけ加えたいのは、こうした増加分のほとんどがクリニック、
いわゆる開業医が占めているという事実です。

ARTの軸が大病院から個人の医療機関にシフトしたことによって、
こうした医療技術のスキルやノウハウが、
個人の医療機関側にファイルされることとなり、
各々の施設が独自の工夫を加え、
体外受精などを行っているというのが現実です。


「不妊ルーム」

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