気持ちは先取りできない

「不妊ルーム」で妊娠された女性で、
ツアーコンダクターの仕事をしている方がいました。
彼女は、月に2回ほど来院されましたが、
その度に、基礎体温表には訪れた国名が、
インド・ロシア・エチオピアなどと書き込まれているのです。
私は、この人は、うちへ来る度に、
世界中のあちこちを巡ってきているのだと思うと、
なんだかとても不思議な気持ちになったものです。
そして、彼女に「不妊ルーム」で、妊娠反応が陽性と出たのです。
この場合、私は、流産予防の漢方薬を処方しますので、
彼女は引き続き来院されました。

そして、しばらくすると、
「妊娠したことは嬉しいのですか、毎日がとても単調なのです」と、
しょんぼりしたような口調で言うのです。

妊娠が判ると、機上の仕事はできなくなり、
会社内でチケットの手配などといった仕事になるそうです。
「私は、世界中を飛び回ることが、仕事でもあり、生き甲斐でもありましたから、
こうしたデスクの上の仕事というのは、なんだか性に合わない気がするのです」と、
嘆かれるのです。

妊娠したくて通院されていたのですから、
当面の希望は叶えられたのですが、
ひとつの希望が叶えられるということは、
なにかが犠牲になることかもしれません。

 彼女が、これから出産し母親になると、別の感情を抱くかもしれません。
「出産してこの子を抱いたときの気持ちが過去にわかっていたなら、
もっと早く赤ちゃんを望んでいたでしょう」という女性を、
私はしばしば耳にします。
人は、思いを先取りすることはできないのです。


「不妊ルーム」

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